(旧)万有製薬の沿革

(旧)万有製薬の沿革

世界の最高水準をめざして-1973~1984年-

1984年 12月 萬有製薬はMerck & Co., Inc., Whitehouse Station, N.J., U.S.A.との合弁会社、NMBの株式を100%取得し完全子会社化
  10月 Merck & Co., Inc., Whitehouse Station, N.J., U.S.A.の持ち株比率50.02%に-同社の傘下へ-
1982年 10月 NMB妻沼工場竣工
   3月 Merck & Co., Inc., Whitehouse Station, N.J., U.S.A.、萬有発行済み株式の5%取得
1981年  9月 緑内障治療薬「チモプトール®」を発売
   5月 NMB(日本メルク萬有株式会社)妻沼研究所開設
1977年  5月 ブリストル萬有研究所にて開発のアミノグリコシド系抗生物質製剤「アミカシン」発売
1975年  7月 新たな本社ビル竣工(日本橋本町)

Merck & Co., Inc., Whitehouse Station, N.J., U.S.A.との関係強化

1970年代後半、Merck & Co., Inc., Whitehouse Station, N.J., U.S.A.は日本市場に対し積極的な方針を打ち出しました。その方針とは、萬有製薬がNMB(日本メルク萬有株式会社)を包含する統一企業体をつくり、そこに資本参加して萬有製薬を日本における有力製薬会社に発展させるというものでした。萬有製薬も将来の発展を期して、強力な研究開発型の企業を目指すというこの構想に賛同しました。こうして、1984年にはMerck & Co., Inc., Whitehouse Station, N.J., U.S.A.の持ち株比率が50.02%となりました。

Merck & Co., Inc., Whitehouse Station, N.J., U.S.A.と独メルク社

米国に本社を置くMerck & Co., Inc., Whitehouse Station, N.J., U.S.A.とドイツに本社を置くメルク社Merck KGaAは、現在では全く別の会社ですが、元は1つの会社でした。起源をたどると、ドイツのファインケミカル企業であったE・メルク社にたどりつきます。そして、そのE・メルク社は17世紀のダルムシュタット市の薬店にまで遡ることができます。19世紀末、E・メルク社の創始者エマニュエル・メルクの孫にあたるジョージ・メルクは、ニューヨークにアメリカ支店を開設しました。1891年、この小さな支店をE・メルク社の80%出資会社Merck & Co., Inc., Whitehouse Station, N.J., U.S.A.として再編成しました。ところが第一次世界大戦でドイツが敵国となったため、E・メルク社の株はアメリカ政府に差し押さえられ、競売にかけられました。ジョージ・メルクはニューヨークの投資家の協力でその株式を買い戻し、Merck & Co., Inc., Whitehouse Station, N.J., U.S.A.は100%米国企業となって、ドイツのE・メルク社とは別々の道を歩むようになりました。

 

 


 
 

MSD所在地・地図

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本社、工場、物流センターの地図。