世界中の人々の健康に貢献

世界中の人々の健康に貢献

 

「医薬品は人々のためにあることを決して忘れてはならない」
 – ジョージ・W・メルク

満たされない医療課題に対し、科学的なソリューションを生み出すこと…利益よりも患者さんのために真摯な取り組みを続けること…そして、公共の利益のために企業として果たすべき責任を自覚すること。ジョージ・W・メルクが確立したこうした理念が、長年にわたって当社と当社のリーダーを導き、今日に至るまで変わることなく受け継がれています。


会社にとっての大きなマイルストーン

会社にとって大きなマイルストーンとなったのが、初の研究開発施設の設立でした。それは、大学や研究機関と対等に渡り合えるだけの画期的な施設でした。これは、会社にとって、そしてジョージ・W・メルクが社長として製薬会社を経営する上で、大きな意味があっただけではありません。これがきっかけとなって企業と学術研究機関、医療機関との協力関係が育まれるようになり、業界は新たな時代へと向かいました。この出来事は社内外の研究者にとって大きなマイルストーンとなるとともに、最も重要なことには、患者さんにとっても大きな転換点になりました。


学際的な研究アプローチの「メルク・キャンパス」

1929年、アメリカがまさに大恐慌に突入しようとしていたにもかかわらず、ジョージ・W・メルクはこの世界最高水準の研究施設への投資を決断しました。彼は「科学を進展させ、知識を向上し、人々を病気やさまざまな苦しみから解き放つことのできる」場所を思い描いていたのです。

1933年、ニュージャージー州ローウェイで行われた落成式で、ジョージ・W・メルクはすべての人々のために科学的革新をもたらすという当社のミッションを初めて明示しました。そして、細心の注意を払って、会社の基盤となる科学者チームを結成し、サイエンス・イノベーション戦略を立てました。

新しい研究開発施設は、そのアカデミックな雰囲気や外観から「メルク・ キャンパス」として知られるようになりました。そこでは科学者たちに「研究を追求するために可能な限りの裁量と幅広い研究分野が与えられ、現実的な見地から実用化の方法がわかっていなくても、有望な科学的成果が見込める研究については最大限の自由をもって研究を続けられる」機会、そして発表の自由が与えられました。これにより、産業界との連携で自分たちの自主性・裁量が脅かされると考えていた大学と民間企業の関係性が大きく変わっていくことになりました。

ジョージ・W・メルクは、「この新しい研究所によって、それまでどちらかと言えば一つ一つ、別々に取り組まれていた科学研究が、現代的なチームワークへと変わっていきました」と述べています。学術研究機関や医療機関と連携するようになったことで、ビタミン、抗生物質、ホルモンなど、世界に先駆けて次々に重要な発見が行われました。


化学品メーカーから医薬品メーカーへの転換

ジョージ・W・メルクの主導によって行われた2つの企業買収が、その後の会社の方向性を決定づけることになりました。1927年、Powers-Weightman-Rosengarten社と合併することによって、売上規模は2倍に拡大しました。さらに1953年、Sharp & Dohme社と合併したことで、当社は特殊化学製品の製造に加えて医薬品の製造販売を総合的に行う多国籍企業となりました。


常に患者さんを第一に企業として社会的責任を果たす

ジョージ・W・メルクは企業のポリシーやプロジェクトでは公共の利益という観点が考慮されなければならないという考え方を社内で徹底させました。それにより、この考え方が、業界全体に浸透して行きました。

「研究開発において、企業でも大学でも、あるいは他の研究組織であっても、いかにぶれることなく問題に取り組み続けられるかは私たち自身の姿勢にかかっている。私たちは過去に新薬の発明や、治療困難な病気の新たな治療法の発見、あるいは栄養失調に苦しむ人々を救う新たな方法や、世界規模でバランスの取れた理想的な栄養食の開発を行ったからといって、目標を達成したといって、取り組みを止めるわけにはいかない。私たちの手で、世界中の全ての人々に、私たちが実現した最高の成果をもたらす方法を見つけるまで、休むことはできない」とジョージ・W・メルクは言いました。

こうした公共の利益に対する責任感を如実に示しているのが、結核治療薬の例です。この薬は、当社の支援を受けて米ラトガーズ大学のセルマン・ワクスマン博士が発見した画期的な抗生物質です。その特許権をジョージ・W・メルクが委譲したことで、この「公衆衛生プロセス」は複数の製薬メーカーへのライセンスが可能になり、この病気に苦しみ死に直面していた数多くの患者さんに役立てられるようになったのです。


私たちの未来への指針

1915年、父親の後押しを受けてジョージ・W・メルクが加わったことによって、当社の医薬品研究開発は大変革を遂げ、これまでの歴史の中でも最も画期的なイノベーションがそこから生まれました。ジョージ・W・メルクは時代を見通す優れたビジョンを持ち、彼の確立した価値観や理念は、90年が過ぎた今日もなお、当社を導いています。

Merck & Co., Inc., Kenilworth, N.J., U.S.A.の会長兼最高経営責任者のケネス・C・フレージャーが先頃、改めて、「当社の揺らぐことのない目標は、『医薬品は人々のためにあるのであり、利益のためにあるのではない』と言ったジョージ・W・メルクによって取り込まれたものです。私たちにとっては革新的な医薬品の発見や開発だけでなく、そうした医薬品を人々に確実に届けられるようにすることも大切です」と述べています。

当社は今後も新たな治療法を探し続ける上で、ジョージ・W・メルクが確立した価値観を最高水準で保持して行きます。よりすこやかで希望に満ちた未来の実現を目指す私たちのビジョンは、これまでの歴史を支えてきたそうした価値観に導かれているのです。


 
 

ジョージ・W・メルク
肩書:社長兼会長
(在任期間1925~1957年)
学歴:米国ハーバード大学卒業
趣味:自然保護

「 医薬品は、人々のためにある
のであり、利益のためにあるの
ではない」

125周年ストーリービデオ

米国本社125周年を記念し、MSDの歴史を約2分半の映像でご紹介しています。

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